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岡山地方裁判所津山支部 昭和63年(ワ)102号 判決

原告

松永孝枝

被告

時尾秀彦

主文

一  被告は、原告に対し、金八四万二六六〇円及び内金七四万二六六〇円に対する昭和六二年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対して、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和六二年七月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告が保有しかつ運行の用に供している普通乗用自動車に別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に遭わされ、右肩、胸部打撲、腰痛症、肩甲痛、頸部捻挫の傷害を蒙り、次のとおり通院加療した。

津山中央病院 昭和六二年七月三日、同七月四日の二日間

平野病院 昭和六二年七月一〇日から昭和六三年四月八日までの間に一七〇日間

大前歯科医院 昭和六二年七月二三日から同年一〇月一九日までの間に一三日間

2  原告は、本件事故当時、夫松永康博、長男篤史(八歳、小学校二年生)及び次男憲正(七歳、小学校一年生)と暮らしていたため、入院出来ない状況で通院加療をしていたところ、夫が昭和六三年二月五日黙つて家を出、原告は、今まで勤めていた株式会社マルイを本件事故により長期療養をしていたため解雇され、以来今日に至るまで仕事ができない状況にある。

3  本件事故による損失は次のとおりである。

(一) 昭和六二年七月三日から昭和六三年七月二日まで収入がなくなつた。原告は、満三七歳の女子で年令別平均給与額は金一八万六一〇〇円であるので右金員の一二ケ月分合計金二二三万三二〇〇円。

(二) 傷害(通院加療)に対する慰謝料金一〇〇万円。

(三) 後遺症に対する慰謝料

(1) 頭痛、頸部より肩、上肢に及ぶ頑固な疼痛と握力の低下。

一二級相当で金二一七万円

(2) 歯の後遺症。一〇歯について外傷による亜脱臼があり歯髄を切断して補綴。

一三級相当で金一三七万円

以上の損害合計は金六七七万三二〇〇円である。

4  原告は保険から休業保障として金九七万円を受領している。

5  原告の損失金六七七万三二〇〇円から右金員を差引いた五八〇万三二〇〇円が損失である。なお、6項の仮処分で一〇〇万円受領しているので、結局、損失は四八〇万三二〇〇円となる。

6  被告が原告に対して休業保障の支払いをしないので、原告は、生活に困り仮処分の依頼と本訴の追行を弁護士豊福英彦に依頼した。仮処分は当庁の昭和六三年(ヨ)第四五号事件として金一〇〇万円の支払を認められた。なお、右両事件の報酬約束として勝訴額の一割の約束をなした。したがつて、三〇万円の弁護士費用を請求する。

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めて本訴に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1  1は認める。

2  2のうち、原告が、本件事故当時株式会社マルイに勤務していたこと(ただし、原告の身分は臨時雇用社員であつた。)、長期欠勤を理由に同会社に解雇(臨時雇用契約解除)されたことは認める。その余は不知。ただし、原告の傷害は入院治療を必要とする状況にはなかつた。

3  3について

(一) 休業損害については、次のとおり金七一万二三三五円の範囲で認める。

休業期間 昭和六二年七月三日から昭和六三年四月八日まで(二八一日)

事故前三ケ月の収入 金二二万八一六六円

一日当たりの金二五三五円

(二) 傷害(通院加療)に対する慰藉料については、金七〇万円の範囲で認める。

(三) 後遺障害に対する慰謝料について

(1) (1)は否認する。

いわゆる神経症状については、損害賠償の対象となる後遺障害は存しない。自賠法に定める調査事務所の後遺障害の認定でも、神経症状についての後遺障害は否定されている。

(2) (2)は自賠法施行令(二条)別表の一三級の既存障害があるところに加重されて、一二級の後遺障害が生じ、その慰藉料として、金八〇万円の損害があるとの範囲で認める。

すなわち、原告は、本件事故以前に自賠法施行令(二条)別表に定める「歯科補綴」を加えた歯が五歯あつたところ、本件事故により、前記五歯に加えて更に二歯に「歯科補綴」をした。つまり、自賠法施行令(二条)別表の後遺障害別等級表に規定されている「歯科補綴を加えたもの」とは、歯牙の喪失や著しい欠損によつて、補綴処理を行つたものをいう。しかして、歯牙の著しい欠損とは歯冠部の四分の三以上を削除した場合をいうとされている。原告の歯について、本件事故により新たに補綴を加えた歯のうち、右要件に該当するのは二歯である。自賠法施行令(二条)別表によれば、七歯以上の歯科補綴を加えた場合は一二級の三に、五歯以上の歯科補綴を加えた場合は一三級の四に該当する。原告は、本件事故以前に一三級に該当する歯の障害があつたところ、本件事故により一二級に該当する障害に加重されたことになる。自賠法によれば、「すでに身体障害のあつたものがさらに同一部位について障害の程度を加重したときは、加重後の等級に応ずる保障金額から既にあつた障害の等級に応ずる保障金額を控除した金額を保障金額とする。」とされている。

4  4は認める。

5  5及び6のうち、原告主張の仮処分事件の存在、金一〇〇万円を仮払いしている事実は認めるが、その余の主張については争う。

第三証拠

記録中の証拠目録記載のとおり

理由

一  請求原因1は当事者間に争いがない。

二  請求原因2のうち、原告が本件事故当時株式会社マルイに勤務していたこと、本件事故による長期欠勤を理由にこれを解雇されたことは、当事者間に争いがない。

三  請求原因3について検討する。

1  休業損害について

休業期間については、昭和六二年七月三日から昭和六三年四月八日までの間については被告にも争いがない。更に、同年七月二日まで認められるかについて検討するに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が右年月日まで就労していなかつたことが認められるところ、前記二の本件事故による失職なかりせば当然原告において右の間も就労していたと考えられるから、右年月日までの不就労も本件事故による休業期間に入れるべきものである。

損害金額については、成立に争いない甲二三号証によれば、原告の本件事故前三ケ月の収入が金二二万八一六六円と認められるから、一ケ月当たり金七万六〇五五円となり、右休業期間一年(一二ケ月)分の金額は、金九一万二六六〇円となる。

2  傷害(通院加療)慰謝料について

傷害の態様、治療期間、実治療日数等諸般の事情を考慮し、金一〇〇万円が相当と認める。

3  後遺症慰謝料について

(一)  神経症状について

いずれも成立に争いがない甲四ないし二二号証、乙三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は本件事故による頸部捻挫等により平野病院等で昭和六二年四月八日まで治療を続けたが、自覚症状として「頭部、頸部より肩、上肢に及ぶ頑固な疼痛」を残すという表現で症状固定として治療が終えられ、その後は、原告において温泉治療をするなどしているが、なお右箇所に痛みがあり、生活上負担感を覚えていることが認められ、神経症状の後遺症が存続しているものと考えられるが、一方、原告の症状は既に昭和六二年末ころには症状固定化しつつあつたものであり、他覚的所見としても、握力、レントゲン検査で特記すべきものがなく、後遺障害の事前認定でも非該当とされていること等も認められることなどからすると、後遺障害の程度としては一四級程度とみるのが相当である。してみると、右の神経症状の後遺障害よりも、後記歯のそれの方が重いから、結局、その等級によるべきものである。また、右神経症状の後遺障害の等級程度では、後記歯の後遺障害の等級を繰上げることはできないというべきである。

(二)  歯の後遺症について

いずれも成立に争いない甲二、三、二五(の一、二)二六(の一ないし三)号証、乙二号証、証人大前正雄の証言及び弁論の全趣旨によると、この点については、被告の請求原因に対する認否3(三)(2)記載のとおりの治療状況と認められ、結局、一三級の既存障害があるところを一二級に加重されて、慰謝料としては金八〇万円が相当とみるべきである。

四  原告が既に金一九七万円の支払を受けていることは当事者間に争いがなく、結局、これを控除した損害額は、金七四万二六六〇円となる。

五  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本訴事件及び前記仮処分事件の追行を豊福弁護士に依頼し報酬約束をしていることが認められるが、右は本件事故と因果関係ある損害と認められ、その報酬金額としては、事案の態様、認容額等諸般の事情を考慮し、金一〇万円が相当である。

六  よつて、原告の本訴請求は、右損害賠償金八四万二六六〇円及び内金七四万二六六〇円に対する不法行為の日である昭和六二年七月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九二条本文、一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤拓)

別紙

一 日時 昭和六二年七月三日午後八時二〇分ころ

二 場所 津山市中之町五六番地先国道五三号線

三 当事者 原告 普通乗用自動車

(岡58ふ8115)運転

被告 普通乗用自動車

(岡33に6406)運転

四 事故の態様 被告車が対向車線に侵出して、原告車に衝突した。

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